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距離感

 ある本から抜粋したんだけれど、何となくここに書いておきたくなったので。

 その状況の向こうにいる人間の姿がきちんと見えていれば、大抵のことには我慢ができる、逆にそれほど悪くない状況に身を置いていても、ひとの姿が見えていないと苛立つし、不安になる。

 まぁ、その通りだ。

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方向転換

生とは存在であり、死とは欠落である。
もし世界に自分一人だけしかいないならば、存在することは大変だ。
でも一人ではないし、そこにはやはり意味がある。
存在すれば意味はある。

のではないか。

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無題

様々な選択肢を提示することは勿論、提示したものを選ぶ手伝いをしなくてはいけないな。それは誰も待ってくれないし。

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自己満足

やりたいだけでは何も出来ないというのと同様に、知識だけあっても駄目であり、常に何が出来るかを考えてそれを実施して行くべきだと思ったんだけど。

思ったんだけど。

やれるべきことをやった上で、それ以上何か出来ることがないかを考えて…

やれるかどうかは別で、やろうと考えることが大事?

やったことがその人にとっていいことか悪いことか判断が付きにくい。単純に回復したとかであればわかりやすいけど。

プロであるからには、結果が全てかもしれない。ともすれば考えるだけでは意味がなくて、実行されなければ意味がないかもしれないと想像したりもする。実行することはある意味簡単で、結果が全てといっても、評価するのは相手。相手の評価なんて普通わからない。それは患者であろうと普通の人であろうと同じことだよなぁと。

相手のことたくさん考えて、知識と技術を総動員して。そうしてもうまく行かないこともある。

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看護って何よ

 看護とは確かな技術があってこそ成立するものであるが、それは前提でしかないと思う。前提は前提だから絶対に必要なものである。その上で、看護とは人と人との係わり合いの中からお互いの想い、考えを見つけて成長していく過程の中に人間というものの本質を探していくことのように思える。私が考え、知覚したものは私だけのものであるが、それを示したり伝えることに意味があるのかもしれない。

 他人を変えることは出来ないけれど、自分を変えることはそれに比べたら出来るかもしれない。自分の考えを見つめることで結果的に相手を動かすこともできるかもしれない。がんばろうと思う。

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